本当の天才と凡人である僕のこと

こんにちは。

倉持建設工業、東京オフィスの山﨑です。

昨日、2級電気通信工事施工技士の試験があり、60%取れれば合格の試験で8割取れてたので、学科は多分受かりました。

#実地はわからん!


僕は一級電気工事施工管理技士と二級土木施工管理技士と第一種電気工事士を持っているのですが、よくそんなに資格を取れますね、と言われることがあります。

しかし、こういった資格を取るのはそんなに難しいことではありません。過去問が山ほどあり、正解が決まっているので、やることは正解を覚えるだけだからです。

電気通信工事施工管理技士は出来たばかりで過去問がありませんでしたが、僕は他の施工管理技士の試験の過去問を解いていました。「法規」や「その他の施工技術」、「施工管理」については同じような問題が出るだろうことがわかっていたからです。

こういう資格は、勉強すれば必ず取ることが出来ます。第一種電気工事士の実技試験は本当に実技が伴うのでさすがに勉強するだけでは取れませんが、学科は勉強さえすれば受かります。

僕は毎年一つ資格試験を受けると決めています。勉強すれば、その年は無理でもいつかは必ず取れます。しかしながら、それをする人が少ないので、僕のような人間が得をすることになります。

僕は努力は嫌いですが、出来ないわけではありません。というか、ほとんどの人は努力は嫌いだと思うのですが、そのことに向き合わず、言い訳をしてやりすごしているのではないでしょうか?

僕は努力は嫌いなので、いかに最小限の努力で目標にたどり着けるかをいつも考えています。


ということで、僕のような人間は天才とは違います。

天才というのは、すでにこういった発想の外にいる人です。大学在学中に、あるいは仕事をし始めてから何人かそういう人にあいましたが、天才は人とはまったく違う価値観で生きていて、言わば、仕組みを作る側の人間です。

それは音楽をダウンロードして端末で聴くという概念を作ったスティーブ・ジョブスのような、インターフェイスというマシンと人とを結びつける概念を作ったビル・ゲイツのような、銅と錫を混ぜて青銅を作り出したかつての誰かのような、揚力という概念を試行錯誤で生み出したライト兄弟のような、光と物質が本質的には同じものであることを導き出した、アルバート・アインシュタインのような、そういう人を言うのだと思います。


僕は凡人ですが、凡人なりにできることはすべてやろうと考えています。

なぜなら、つらい努力のその先で、天才の成しうるその偉業のほんの一端でも垣間見れれば、僕の人生もなかなか捨てたものじゃないかもしれないと思えるからです。


アマデウスという映画は、天才モーツァルトと、それを理解できる故に苦悩する宮廷音楽家サリエリの葛藤というテーマで、めちゃくちゃいい映画なのですが、その中のサリエリのセリフが僕は大好きです。


「神は私に音楽の才能を与えず、才能を見抜く才能だけを与えた」


東京オフィス(新幹線で移動中)からは以上です。

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